
今回は62歳のベテラン土木技術者の話を聞いてきたぞ。
地方ゼネコンで35年間施工管理を続けてきて、57歳で発注者支援業務に転職したりゅう坊さんだ。
現場所長から管理職まで歴任してきた人間が、なぜ35年勤めた会社を辞めたのか。
発注者側に回って初めて見えてきたものは何か。熱い思いが詰まった話を聞いてくれ。
自己紹介:地方ゼネコン35年の土木技術者が、62歳で発注者支援業務に転じるまで
今回話を聞かせてもらったのは、現在62歳のりゅう坊さんだ。1983年に中堅地方ゼネコンに新卒入社して、土木技術者として35年間施工管理の第一線を歩んできた。
国営林道工事を皮切りに、国道アスファルト舗装、重要港湾岸壁築造、地方道路、公園、河川工事など幅広い現場で監理技術者・主任技術者として現場を仕切ってきた。20年間は現場所長として最前線に立ち、その後は管理職として現場統括を担うようになった。
2020年に建設コンサルタント会社へ転職して、河川工事の発注者支援業務に就いた。施工検査・確認立会・進捗管理・安全管理・施工指導・調査業務・書類作成まで、発注者を支える立場から現場に関わっている。35年間「やる側」でいた人間が、「見る側」に回ってみて初めて気づいたことが山ほどあったという。
- 1983年中堅地方ゼネコンに新卒入社国営林道工事を皮切りに国道アスファルト舗装、重要港湾岸壁築造から地方道路、公園、河川工事など監理・主任技術者として現場の第一線を担当。
- 2020年建設コンサルタント会社へ転職河川工事の発注者支援業務に配属され、現場技術指導、確認検査、調査設計などを行う。
測量専門学校時代の恩師が、施工管理の世界に引き込んでくれた

施工管理の道を選んだきっかけを教えてもらえますか?

測量の専門学校時代に、土木施工や土木力学の講義に強く惹かれたことが最初のきっかけです。
講義を担当していた先生が、長年土木技術の現場で活躍されてきた方で、偶然にも私が入社することになる地方ゼネコンのOBでした。
その先生から会社の社風や業務内容を聞く機会があって、施工管理の仕事に強く興味を持つようになりました。

入社当初はどんな現場から始まったんですか?

国営林道工事が最初でした。
入社当時は道具や材料の名前すらわからなくて、すべてが手探りでした。
野帳にひたすらメモを取って、職人さんからハンマーやスコップの扱い方まで教えてもらいながら覚えていきました。
子どもの頃から山や川で遊ぶのが好きだったこともあって、現場に出ることへの抵抗感は全くなかったです。
「道具の名前すら分からない状態から野帳にメモを取り続けた」という話は、現場上がりの施工管理者には共感する部分が多いと思う。
今でこそベテランとして若手に指導する立場にあるりゅう坊さんも、最初は職人さんに教えてもらう立場だった。その原点が、35年間「現場第一主義」を貫く土台になっているんだよな。
「采配を振ること」が施工管理の醍醐味だと気づいた、開通日前の現場の話

35年間の施工管理で、一番やりがいを感じた瞬間はどんなときでしたか?

施工管理の醍醐味は「采配を振ること」だと思っています。
私は野球が好きでプレーもしていたんですが、施工管理者は野球の監督に似ていると感じています。
自分の計画通りに工事が進むと達成感がある。でも工程に遅れが出ると焦りが生まれて、指示が厳しくなることもある。それが采配を振る仕事の本質だと思っています。

特に印象に残っている現場はありますか?

開通日が決まっていた道路工事です。
スケジュールの厳しさから、ほぼ休日のない状態で進めました。
工事中は「辞めたい」と思うほど苦しい時期もありました。
でも4名のスタッフと共に乗り切って、完成したときには嬉し涙が出た。あの瞬間は今でも鮮明に覚えています。

管理職になってからも、現場への思いは変わりませんでしたか?

変わりませんでした。
施工管理者として指揮を執る立場になってからも、必要に応じて重機やダンプを操作する機会があって、現場の感覚を大切にしてきました。
管理職になってからはデスクワークが増えましたが、「現場第一主義」という自分のモットーは35年間ずっと変わっていません。
「辞めたいと思うほど苦しい時期があっても、完成した瞬間にすべてが報われる」という話は、施工管理をやってきた人間には分かる感覚だと思う。
そのしんどさと達成感が表裏一体になっているから、35年間続けられたんだよな。発注者サイドにいた俺も、現場所長が完成時に見せる表情は、他では見られないものだとずっと感じていたぞ。
50代で「このまま定年を迎えていいのか」と自問した日

転職を考えたのはどんなタイミングだったんですか?

50代に入ってからです。
経験を重ねるにつれて現場を指導する立場に変わって、現場に出る機会が減ってデスクワークが増えていきました。
「このまま管理職として定年を迎えるのか」と自問自答するようになって、以前から興味を持っていた発注者側の視点を学びたいという気持ちが強くなっていきました。

発注者支援業務の求人を見つけたときはどう感じましたか?

「施工管理の経験を活かして、現場を支える側に回れるかもしれない」とすぐに思いました。
施工者として発注者支援業務の方と関わる機会も多かったので、仕事内容に大きな壁は感じませんでした。
ただ正直、35年間お世話になった会社を辞めることへの迷いはありました。
残ったほうが楽かもしれないという気持ちも、正直ありましたね。
「残ったほうが楽かもしれない」という正直な言葉が印象に残った。35年間同じ会社で積み上げてきた人間にとって、それを手放す決断は簡単じゃない。
それでも「このまま定年を迎えたときに後悔しないか」という問いに向き合えたのが、りゅう坊さんのキャリアの転機だったんだよな。
妻の一言が背中を押した、35年勤めた会社を辞める決断

最終的に転職を決断したきっかけは何でしたか?

妻の言葉です。
長年私の仕事を見てきた妻が「今の仕事を続けてほしいけれど、あなたがこれまで培ってきた経験は、若手技術者に伝えるべきだ」と言ってくれました。
この言葉が背中を押してくれました。

会社の反応はどうでしたか?

強く慰留されました。
35年間お世話になった会社への恩義もありましたし、正直、申し訳ない気持ちもありました。
ただ「このまま定年を迎えたときに後悔しないか」と考えたとき、新しい挑戦を選ぶことができた。
最終的には快く送り出してもらえて、今でも感謝しています。
「今の仕事を続けてほしいけれど、あなたの経験は若手に伝えるべきだ」という妻の言葉は、35年間そばで仕事を見てきた人間だからこそ言える言葉だと思う。
配偶者の反応が転職の背中を押すという話は、このカテゴリの記事でも何度か出てきた話だが、りゅう坊さんの場合は「引き止めながらも背中を押してくれた」という複雑な言葉の重みが、35年間のキャリアの重さを表しているぞ。
「見る側」と「やる側」のギャップ、発注者支援業務で初めて分かったこと

発注者支援業務に転向して、最初にどんなことを感じましたか?

最初の現場に入ったとき、「これで自分も支援業務の一員か」とワクワクしました。
ただ実際に仕事を始めてみると、「見る側」と「やる側」のギャップに驚かされました。
施工者側にいたときは「なぜこんな細かい指摘ばかりされるのか」と思っていましたが、発注者側に立つと、その意味がはっきりと分かるようになりました。

具体的にどんなギャップがありましたか?

施工者のときは「発注者は現場を知らないのに細かいことを言う」と感じる場面が正直ありました。
でも発注者側に立ってみると、あの指摘の一つひとつに意味があったことが分かる。
品質を守るため、安全を確保するため、書類を正確に残すため。
現場を「やる側」にいたときには見えていなかった全体像が、「見る側」に回って初めて見えてきました。

転向して苦労した部分はありましたか?

書類の種類と量に最初は戸惑いました。
施工管理のときも書類仕事はありましたが、発注者支援業務は確認・検査・記録の書類が細かくて多い。
ただ35年間現場で培った技術的な知識があったので、「何を確認すべきか」の判断は最初からできた。
書類の形式は覚えればいいですが、現場を読む力は経験がないと身につかないものですから。
「現場を読む力は経験がないと身につかない」という言葉が、この仕事の本質を表していると思う。
発注者支援業務は書類処理だけの仕事じゃない。施工者が何に困っているか、現場の進捗に無理がないか、安全上のリスクはどこにあるか。これらを瞬時に判断できるのは、現場を知っている人間だけだ。りゅう坊さんの35年間が、ここで一番の強みになっているんだよな。
35年の施工管理経験が、若手技術者への指導でどう活きているか

今の仕事で、施工管理の経験が一番活きていると感じる場面はどこですか?

若手の施工管理者への指導です。
施工管理の経験があるからこそ、現場のチェックポイントを見落とさずに的確なアドバイスができます。
「なぜそうするのか」を現場の言葉で説明できるのが、書類だけ知っている人間との一番の違いだと思っています。

若手から感謝された場面はありますか?

若手の施工管理者に「言われた通りにやってみたら、すごくスムーズに進みました」と言ってもらえたときは、心の中でガッツポーズをしています。
妻が「あなたの経験は若手技術者に伝えるべきだ」と言ってくれた言葉の意味が、こういう瞬間に実感できる。
転職してよかったと感じるのは、達成感を共有できる相手が現場の仲間から若手技術者に変わっただけで、本質は同じだと思っています。

発注者支援業務を通じて、施工者と発注者の関係についてどう感じていますか?

施工者と発注者、両方の立場を経験したからこそ、建設業の本質が見えてくると感じています。
施工者には施工者の苦労があり、発注者には発注者の責任がある。
その両方を知っている人間が間に入ることで、現場が円滑に動く。
それが今の仕事の最大のやりがいです。
「達成感を共有できる相手が、現場の仲間から若手技術者に変わっただけで本質は同じ」という言葉が、りゅう坊さんのキャリアの一貫性を表していると思う。
35年間現場で采配を振ってきた人間が、今度は若手の采配を支える立場になった。形は変わっても、「現場を動かす人間を育てたい」という思いは変わっていないんだよな。
ベテラン施工管理者が発注者支援業務に転向する、その意味と可能性

りゅう坊さんの話を聞いて改めて感じたのは、35年の施工管理経験は発注者支援業務で「即戦力以上の価値」を持つということだ。
その理由と、ベテラン技術者が転向することの意味を話すぞ。
「現場を読む力」は、書類では身につかない。だから経験者が求められる
発注者支援業務は、施工検査・確認立会・施工指導など、現場の実態を正確に把握する能力が必要な仕事だ。書類の形式は覚えられるが、「この現場の進捗に無理があるか」「安全上のリスクはどこか」を瞬時に判断する力は、現場経験なしには身につかない。
りゅう坊さんが「書類の形式は覚えればいいが、現場を読む力は経験がないと身につかない」と話していたのは、この仕事の本質をついている。発注者支援業務において、ベテラン施工管理経験者の需要が高い理由はここにあるぞ。
50代・60代の施工管理経験者が、発注者支援業務で長く活躍できる理由
発注者支援業務は、体力勝負の現場施工管理と比べると身体的な負担が少ない。確認・指導・書類作成が中心の仕事だから、年齢を重ねても続けやすい構造になっている。りゅう坊さんが57歳で転向して62歳の今も現役で活躍しているのは、この仕事の特性と合っているからだ。
「体力的に現場がきつくなってきた」「でもまだ現場に関わり続けたい」という施工管理経験者には、発注者支援業務は現実的な選択肢になる。発注者支援業務に強い企業については発注者支援に強い企業ランキング6選:施工管理者がキャリアを広げるための選択肢も参考にしてくれ。
「このまま定年を迎えていいのか」という問いと向き合うタイミング
りゅう坊さんが転職を考え始めたのは50代に入ってからだった。管理職としてデスクワークが増え、現場に出る機会が減ったとき、「このまま定年を迎えていいのか」という問いが生まれた。この問いを先送りにせず向き合えたことが、62歳で現役として新しいフィールドで活躍できている理由だと俺は思う。
「残ったほうが楽かもしれない」という誘惑は誰にでもある。ただ「定年を迎えたときに後悔しないか」という問いを自分に投げかけられるかどうかが、キャリアの後半をどう生きるかを決める分岐点になるぞ。
まとめ
りゅう坊さんの話を通じて一番伝えたいのは、「施工管理で35年間積み上げてきた経験は、立場が変わっても必ず活きる」ということだ。現場を読む力、采配を振る経験、若手を育てる視点。それが発注者支援業務という新しいフィールドで、形を変えて機能している。
「辞めたいと思うほど苦しい時期があっても、完成した瞬間にすべてが報われる」という35年間の現場経験と、「若手技術者に言われた通りにやったらうまくいったと言われたときのガッツポーズ」。やりがいの形は変わっても、仕事の本質は変わっていないんだよな。
施工管理のキャリアの後半をどう生きるか悩んでいる人間には、りゅう坊さんの話は一つの答えを示してくれると思う。「現場を離れること」と「現場に関わり続けること」は、必ずしも矛盾しない。発注者支援業務という選択肢も含めて、自分のキャリアを整理したいならRSG建設転職の評判を発注者側が語る。施工管理からの転職に使えるのかも参考にしてくれ。




