
「今触れている重機だけが、一生の武器になるわけではないぞ」——55歳の今、すがわらとくおさんはそう振り返るぞ。
工業高等専門学校を卒業後、機械土工専門の建設会社に入社し、重機メカニックから部門責任者まで約30年にわたって現場を支えてきた人間がいる。東日本大震災の復旧・復興工事にも携わり、激務の中で心と体を壊し、49歳で第一線から退いた。宅配ドライバー、派遣社員としての再出発を経て、今はWebライターとして新しいキャリアを築いている。
30年の現場経験は、まったく畑違いの仕事でどう活きるのか。すがわらとくおさんに、これまでの道のりを正直に話してもらったぞ。
- 21歳工業高等専門学校機械工学科卒業・機械土工専門の建設会社へ就職メカニックとして自社所有機械の整備工場へ配属される。
- 25歳建設用機械とオペレーターの現場配置運用業務へ配置転換・主任へ整備の現場から、機械とオペレーターの管理業務へとキャリアを移す。
- 32〜42歳係長・課長・課長(統括)と昇進を重ねる機械とオペレーターの配置運用を担当する部門で責任者としてのキャリアを重ねる。
- 40歳東日本大震災の復旧・復興工事に従事自らも被災しながら、仲間と共に復旧・復興工事にあたる。
- 49歳心身の限界を迎え、業界の第一線から退く激務と飲酒への依存により心と体を壊し、治療を経て現場復帰を断念。退職を決意する。
- 50〜53歳宅配ドライバー、派遣社員を経てWebライティングを開始早期の社会復帰を目指し宅配ドライバーへ再就職。その後派遣社員として食品加工工場等で勤務しながら、独学でWebライティング活動を始める。
- 55歳Webライター・現在派遣社員として働きながら、建設・不動産分野の専門知識を活かしたWebライティングを続けている。
自己紹介
すがわらとくおさんは現在55歳。工業高等専門学校の機械工学科を卒業後、OBの勧めで全国展開する機械土工専門の建設会社に就職した。当初は重機メカニックとして機械構造と現場対応を学び、その後は建設用機械とオペレーターの配置運用管理へとキャリアを移し、主任・係長・課長・課長(統括)と責任者としての立場を歩んできた。
40歳のとき東日本大震災の復旧・復興工事に従事し、激務が続く中で飲酒への依存が進行。49歳で心身の限界を迎え、治療を経て建設業界の第一線から退いた。その後、宅配ドライバー、派遣社員としての再出発を経て、53歳からWebライティング活動を開始。現在は派遣社員として働きながら、30年近い現場経験を活かしたWebライターとして新しいキャリアを築いている。
転向を決めた瞬間。30年のキャリアを離れる決断

転職・転向を決意したきっかけを教えてください。

49歳、アルコール依存症を発症し前が見えなくなっていたころ、配偶者から娘の様子を聞かされました。「お父さん、なんであんなになっちゃったの?」と泣いていたとのこと。治療を経て心身を立て直した後、家族のために、そして持続可能な新しい働き方へシフトするために、30年いた業界からの転向を決意しました。
娘さんの言葉が、すがわらさんの人生を大きく動かすきっかけになったんだよな。30年という時間の重みを考えると、この決断がどれほどのものだったか伝わってくるぞ。

転向前は、どのような立場で働いていらっしゃいましたか?

機械土工専門の建設会社で6年間、工事用機械と操作オペレーターの配置運用と付帯業務、および部門責任者を務めていました。
実際には30年近く在籍していた中で、責任者としての立場だけでも長年務めてきたんだよな。それだけの重責を背負い続けてきたということだぞ。

45歳を過ぎてからの転向活動で、不安に感じたことはありましたか?

45歳を過ぎての他業界への転向は、採用枠が極端に狭く大きな不安でした。しかし、長年「使う側(部門責任者)」として採用や配置を行ってきた経験があるからこそ、自分が「使われる側(応募者)」に回った際にも、企業側の意図や求める人物像を冷静に理解し、対策を練ることができました。

「使う側」から「使われる側」への視点の切り替え、というのは興味深いですね。

採用する側の視点を知っているからこそ、応募書類の書き方や面接での伝え方にも、冷静に向き合うことができました。
部門責任者としての経験が、思わぬ形で転職活動そのものの武器になったんだよな。

転向後、想定していたイメージとのギャップはありましたか?

最初は、派遣の人間は単なる現場の穴埋めであり、味気ない働き方かもしれないと懸念していました。しかし実際は、立場が割り切れているからこそ過度なプレッシャーなく目の前の仕事に集中でき、かつ外部の視点から様々な企業の組織風土や人間関係を客観的に観察できるという、Webライターのネタの宝庫であるというポジティブなギャップに気づきました。
懸念していたはずの立場が、むしろ新しい仕事の糧になっていたというのは意外な発見だよな。
非建設系派遣とWebライティング。異なる働き方を選んだ理由

30年近く建設業界の第一線でマネジメント業務をされてきた中で、あえて「非建設系の派遣」と「Webライティング」という、全く異なる働き方のポートフォリオを選ばれた理由は何ですか?

マネジメント業務によって自分が壊れた事実を客観的に分析した結果です。次に壊れたら、その次の人生は存在しない気がしています。マネジメント業務経験をWebライティングに役立てたほうが無理なく進めると考えました。
「次に壊れたら、その次の人生は存在しない」——重い言葉だが、それだけ真剣に自分自身と向き合った結果の選択なんだよな。

宅地建物取引士や衛生管理者、2級建設業経理士など、数多くの専門資格や現場経験は、現在の業務やライティングにどのように活かされていますか?

保有する資格を、ライティングにどう活かせるか。視野を広げて考えるようになりました。宅地建物取引士が扱う分野や法律は多岐にわたります。住環境の悩みは人それぞれで、どこかで必ず誰かが困っています。だからこそ、自分の経験を根拠にして書くことが、読者の納得感につながると考えています。施工管理の過酷な現場で培ったマネジメント経験は、デジタル領域でも確実に通用します。新たなキャリアを築ける証明だと感じています。
資格そのものだけでなく、「資格の知識をどう活かすか」という発想の転換ができているのが強みだよな。

責任の重い施工管理職から、時間の融通が利く今の働き方にシフトして、心身の状態や働くことへの価値観はどう変化しましたか?

派遣労働をする中で、昨今の外国人労働者の多さは当たり前に感じるようになりました。自分の代わりなど、いくらでもいるという事実を前に「この世の中で経済活動するには、どうすればよいか」と常に考えるようになりました。「誰にも真似できないもの」より「誰かに真似してもらえるもの」を目指して活動しています。

「誰かに真似してもらえるもの」という視点、独特ですね。

替えが利く立場だからこそ、逆に誰かの役に立つ発信を続けることに意味を感じています。
部門責任者として「使う側」にいた頃とはまったく違う視点が、今のすがわらさんを形作っているんだよな。
Webライターとしての手応え。30年の現場経験が言葉になるまで

現在の業務の中で、最もやりがいを感じる部分はどこですか?

一番やりがいを感じるのは、建設業界の専門知識や現場の泥臭い実態を、他業界の方や次の世代に向けて言葉で表現できたことです。ネットに転がっている二番煎じの情報ではなく、約30年の実務で培った一次情報をそのまま文章に落とし込む。そこにこだわっています。クライアントから「リアリティのある現場の空気感が伝わってくる」と言っていただけることが、今の一番の原動力になっています。
30年分の一次情報という財産が、Webライティングの世界でそのまま強みになっているんだよな。

これまでで一番印象に残っている出来事を教えてください。

建設系の公的資格や現場マネジメント経験をフルに活かし、専門性の高い記事の執筆に力を注いできました。先日、あるクライアントから「ここまで解像度の高い現場の実態や業界の慣例を深く網羅した記事は見たことがない」と高い評価をいただき、その場で継続案件と単価アップを提案していただきました。長年の現場経験で培ってきた「泥臭い経験」こそが、「独自性・専門性」として評価につながったのだと感じています。ライティングの世界で自分の経験が認められた、大きな転機になりました。
現場での泥臭い経験が、まったく違う世界で正当に評価された瞬間だよな。この出来事が、次への自信につながっているぞ。

今の仕事を続けていくモチベーションは何ですか?

50代後半からでも、未経験のWebやデジタル領域に飛び込み、自力で稼ぐ基盤を作れます。年齢を言い訳にしない挑戦の証明を、日々積み重ねています。かつての自分と同じように、過酷な労働環境や年齢の壁でキャリアに深く悩む管理職経験の方がいます。施工管理の過酷な現場で培ったマネジメント経験は、デジタル領域でも確実に通用します。新たなキャリアを築けることの証明を、管理職経験の方々へ届け続けたい。届け続ける思いが、日々のモチベーションになっています。
自分自身の証明であると同時に、同じ悩みを持つ人たちへのメッセージにもなっているんだよな。
今の仕事とこれから

これからのキャリアをどう考えていますか?

今はまだ派遣労働にも頼らざるを得ません。だからこそ、WordPressやNotion、Pythonを使い、日々の業務を効率化しています。早期の独立を目指し、毎日コツコツ積み重ねています。ライターの枠には収まるつもりはありません。建設・土木業界のDX(デジタル化)を、現場目線でサポートしたいと考えています。業界特化型のテクニカルライター兼コンサルタントとして、活動していきたいです。
ライターという肩書きにとどまらず、業界のDXを支える立場を目指しているんだよな。現場を知っているからこそ描ける未来だぞ。

同じような立場・転向を考えている読者に、一番伝えたいことは何ですか?

過酷な施工現場を支えてきた「段取り力」「危機管理能力」「多種多様な職人をまとめる折衝力」。これらは他業界の人と対峙しても、十分な強みになるはずです。年齢や未経験という言葉は、知らないうちに自分の可能性を狭めてしまうものです。一つの会社、組織、業界の常識に埋没しないでください。自分が主役となるキャリアのハンドルを、握り直してほしいと思います。あなたの泥臭い経験と知識を、喉から手が出るほど待っている世界が必ずあります。
「キャリアのハンドルを握り直す」という言葉には、すがわらさん自身が実際にそれをやり遂げた重みがあるんだよな。

最後に、キャリアをスタートした頃のご自身に言葉をかけるとしたら、どんな言葉をかけますか?

「今触れている重機だけが、一生の武器になるわけではないぞ」と伝えたいです。これからのキャリアでは、未曾有の災害や自身の限界など、予期せぬ壁に幾度もぶつかります。しかし、現場で自然と養われる「構造を読み解き、最適解を導き出す論理的思考」。この力は、将来まったく異なるデジタル領域の課題解決にも必ず活きます。変化を恐れないでください。常に新しい環境への適応力を磨き続けてほしいと思います。
重機と向き合ってきた30年が、まったく異なる分野でも通用する「論理的思考」という形で今も生きているんだよな。すがわらさんの原点にして、これからを支える言葉だぞ。
まとめ
すがわらさんの話を通じて伝えたいのは、30年近く積み重ねてきた重機管理・部門責任者としての経験は、まったく異なる分野に転向した後も確実に武器になるという事実だぞ。段取り力、危機管理能力、多種多様な人をまとめる折衝力——これらはすべて、Webライティングという新しい仕事の中でも「独自性・専門性」として機能しているよな。
一方で、心身を壊してまで走り続けた30年があったからこそ、「次に壊れたら、その次の人生は存在しない」という覚悟を持って、働き方そのものを見直す決断ができたんだよな。年齢や業界の壁を言い訳にせず、自分の経験を根拠に新しい世界へ踏み出したすがわらさんの姿は、多くの人にとって道しるべになるはずだぞ。
「今触れている重機だけが、一生の武器になるわけではないぞ。」——この言葉がすがわらさんのキャリアの本質を表しているぞ。




